人種差別に立ち向かった英雄”MADIVA”の生涯とコレクションに込めた想い






ss19 collection 「 MADIBA 」の

コレクションストーリーをご紹介。




▷ M A D I B A ◁



"MADIBA(マディバ)"とは南アフリカ第8代大統領

ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ

(1918年7月18日 - 2013年12月5日)の愛称。


マディバは部族社会の影響が強く残る南アフリカでは

単なる愛称ではなく尊称に近いものである。









▷ ネルソン・マンデラ ◁




若いころからアパルトヘイト撤廃に尽力した人物。

アパルトヘイトとは分離、隔離を意味する言葉で

白人と非白人の諸関係を規定する人種隔離制度のこと。

その功績は偉大で、ネルー賞、ユネスコ平和賞、アフリカ賞、

サハロワ賞、レーニン平和賞、ノーベル平和賞、

国際検察官協会名誉賞など数々の受賞歴がある。




テンブ人の族長の子供として生まれた彼は

部族の首長が持つべきリーダーシップや

寛容の精神を聞いて育った。

この時の経験が反アパルトヘイト運動を支えた。




1994年にアフリカ民族会議(ANC)に入党し

反アパルトヘイト運動に取り組んでいたが

次第に非暴力的手段の限界が叫ばれ武装闘争路線へと転換。

そうした活動が政府に睨まれ1962年に逮捕される。




1964年に国家反逆罪で投獄され、

以降27年間刑務所で暮らすこととなる。

刑期中に南アフリカ大学の通信制課程を終了し

法学士号を取得。

他にもアパルトヘイト主要勢力の

アフリカーナーとの対話を予測し、

アフリカーンス語やラグビーなどの知識を身につけた。




解放運動の象徴的な存在と

見なされるようになっていたマンデラは

全世界から釈放を求められるようになり1990年2月に釈放。

釈放後の第一声は10万人の聴衆が祝った。




釈放後、1994年4月に全人種参加選挙を行い

マンデラは大統領に就任する。

それまでの黒人や白人といった対立をいかにして収め、

全人類を融和させるかという大きな課題に立ち向かった。

1995年に第3回ラグビーワールドカップが

南アフリカで開催され、アパルトヘイト後、

初の自国開催となるこの大会をマンデラは全力を挙げて支援。

当時南アフリカ代表選手のほとんどが白人で、

ラグビー自体が白人のスポーツとして

白人以外には不人気であったが

マンデラは開幕戦を直接観戦し、

国民融和の象徴としてサポートし続けた。

南アフリカ代表チームは快進撃を続け、

決勝戦で再びマンデラが観戦する中初優勝を遂げる。

1999年、反アパルトヘイト運動に尽力したマンデラは

国会で最後の演説を行い、任期満了に伴い大統領職を退任。

同時に政治の世界から姿を消した。








彼が成し遂げたことは私たちが生きる今にも


深く影響を与えている。




人種差別撲滅に貢献した


ネルソン・マンデラという人物、


そして人種差別という課題にフォーカスした


ss19コレクション"MADIBA"






広告塔としてアルビノのモデルを起用している。













▷ アルビノ ◁





先天性の遺伝子疾患。


メラニンの生合成に関わる遺伝子情報の欠損により


先天的にメラニンが欠乏する。


ほとんどの場合視覚的な障害を伴い


日光(特に紫外線)による皮膚の損傷や


皮膚ガンのリスクが非常に高い。







「MADIBA キャンペーンムービー」


http://youtu.be/JuZmgUK6ick/





彼らを知った上で

ぜひコレクションをチェックしてみてほしい





STAY BRAVE

勇敢であれ